ロボット

更新日:2021.04.20

高度な”角度検出”によって
ロボットの可能性を広げる

「複列磁気リング」

ロボット設計の
自由度を上げるために

世界の産業用ロボットの販売台数が2013年から2017年の5年間で2倍に増加するなど、近年、ロボットはますます活躍の場が増えている。ニーズも多様化し、さまざまな動きができることが求められるようになっているが、そうした中、ロボットにより緻密で高精度な動きを可能にさせる商品をNTNは開発した。それが「複列磁気リング」である。ロボットの関節部に取り付けて、関節部が回転した角度を検出するエンコーダとしての役割を果たすものであるが、従来の磁気式エンコーダでは実現できなかった高い分解能を持つ。さらに、薄型、軽量、大口径といった特長からも、ロボット設計の自由度を上げることに貢献する商品として注目を集めている。

この複列磁気リングは、どのように開発が進み、完成へと至ったのか。その裏側を開発者が語る。

  • 福島 靖之

    福島 靖之

    商品開発研究所

  • 田中 秀明

    田中 秀明

    ロボティクス・センシング技術部

関節部の高度な角度検出を磁気式で実現したい

高性能かつ環境耐性に優れたエンコーダを

ロボットはさまざまな部位の組み合わせで構成されるが、中でもアームはとりわけ重要だ。特に近年需要の大きい産業用ロボットは、複数の関節を持つアームそのものといえる形状のものも多い。
ロボットのアームは、人間の腕の手首、肘、肩のように、複数の関節がそれぞれの自由度の中で回転することでさまざまな動作を実現するが、その際に重要な役割を果たすのが「エンコーダ」である。エンコーダは、関節の回転の角度や速度を検知するためのもので、関節部(またはモーター)とともに回転するリング状の部品と、その動きを読み取るセンサから成る。これによって関節がどの方向にどれだけ回転しているかを知ることで、より精密な位置制御が可能になるのだ。
近年、ロボットのニーズが多様化するとともに、より緻密で高精度な位置制御が求められるようになっている。そのため、高性能なエンコーダのニーズが増加しているが、現在、多関節ロボットで広く使われている高分解能かつ高精度な制御を実現する光学式のエンコーダは、塵埃や油などが多い環境では機能しないという課題があった。
そこで、同様の高い性能を持ち、かつ環境耐性にも優れた磁気式エンコーダを世に送り出すためにNTNで新たに開発されたのがこの「複列磁気リング」なのである。

高い分解能を磁気式で実現

複列磁気リングは、専用の磁気センサ(後述)と組み合わせることで最大20ビット、約0.000345°という高い分解能を実現し、絶対角度も検出できる。また、中空大口径のため、内径部にケーブルなどを通すことが可能であるのもロボットの設計上大きな強みとなる。環境耐性の面で言えば、塵埃や油のみならず、振動や高温にも強い。
高度化が進むロボット開発のニーズに応えるこの複列磁気リングが生み出された背景には、NTNが培ってきた技術力がある。開発の道のりはどのようなものだったのだろうか。

「複列磁気リング」

ロボット関節部などの角度を検出するための輪形状の部品で、専用の磁気センサと組み合わせることで、絶対角度の高精度な検出が可能。
磁気式であるため振動、高温、塵埃、油ミストなどに対する耐環境性に優れている。薄型・軽量に加えて、ケーブルが通る中空軸を取り付けやすい大口径のため、ロボットの小型化や設計自由度の向上に貢献する。
64/63極対シリーズに加え、小型・軽量化ニーズに対応する32/31極対シリーズをラインアップ。

産業用ロボットのスケルトン図と複列磁気リングの適用箇所

産業用ロボットの動作は、複数の関節部の動作によって生まれる。複列磁気リングは各関節部に取り付けられ、関節部の絶対角度の検出を可能とし、産業用ロボットの精緻な制御に貢献する。

高い分解能で絶対角度を検出するために

2列のトラックに高精度な着磁が必要

開発にむけて社内が動き出したのは2014年のことである。きっかけとなったのは、そのころ、ドイツの半導体メーカーiC-Haus GmbH社が、14ビットの磁気センサiC-MUを商品化したことである。このセンサを利用すれば、高い分解能を持つ磁気式エンコーダが実現できると考えられたが、当時、これに見合う磁気リングは存在しなかった。そこでNTNで開発しようということになったのである。
開発を任されたのは、商品開発研究所の福島靖之だ。当時入社して約3年、31歳だった福島にとって、メインで担当する初めての商品となった。
iC-MUは14ビット、すなわちリングのN極/S極の1ペアを最大で214=16384分割する機能がある。それゆえリングのN極/S極のペアが64個(6ビット)であれば、最大で220=1048576分割する分解能を持つエンコーダとなる。角度にすれば約0.000345°。これだけの分解能を持つ磁気式エンコーダはこれまでになく、実現できれば今後のロボット開発に大きく貢献できるだろうことが予測できた。福島は言う。
「リングを6ビットにするためには、リング上に64(=26)対のN極/S極のペアを着磁(=金属などの材料を磁界内に置いて磁石にすること)することが必要です。また、磁気センサiC-MUは高い分解能が得られるだけでなく、絶対角度を検出できる利点があります。絶対角度を検出するには、リングを円周方向に2列のトラックに分け、1列には64対、もう1列には63対のN極/S極のペアをそれぞれ着磁する必要がありました。それを十分な精度で行うことがこの磁気リングを開発する上での最大のハードルでした。」

センサ(iC-MU)と組み合わせることで最大20bit(分解能 約0.000345°)のきめ細やかな角度検出が可能

位相差を利用して、絶対角度を検出する

絶対角度を検出するというのは、関節が回転した結果どの位置にいるのかが絶対的な角度としてわかるということである。その検出のためには、リングに互いの着磁間隔にずれがある2列のトラックが必要となる。各トラックに異なる数のN極/S極のペアを着磁すれば、リングが回転した際にセンサが検知する各トラックの位相に差が生じる。それぞれのトラックに64対と63対のN極/S極のペアが着磁されていれば、リング1回転で1対分の位相、すなわち1周期分(=360°)ずれることになる。その位相のずれの大きさを確認すれば、それがすなわち、リングが最初の位置から動いた絶対的な角度となるのだ。ちなみに絶対角度が検出できれば、突然電源が落ちたときなども、復旧した際にその時の絶対位置が直ちにわかる。
ただし、十分な精度で絶対角度を検出するためには、十分に高い精度で着磁がなされなければならないのだ。

2つの高い壁を、丹念な試行錯誤で乗り越える

高精度で絶対角度を検出するためには、
2列のトラックそれぞれにN極/S極を正確に均等な間隔で着磁することが求められる

高精度な着磁を実現するための試行錯誤

着磁は、専用の装置内の着磁ヨークと呼ばれる部位に電流を流すことで磁場を発生させ、その磁場の中にリングを入れることで行われる。
目標とするリングを完成させるためには、次の2つのステップで高精度に着磁を行うことが必要となった。第一に、64対、63対のN極/S極を、2列のトラックそれぞれに正確に均等な間隔で着磁すること。そして次に、その2列を互いに影響を与え合わないようにそれぞれ着磁することだ。しかしそれは容易にできることではないのである。
第一の点について言えば、64対のN極/S極ならば、360°をきれいに128分割するように着磁する必要がある。その際、許容される誤差は、1対ごとに中心角で0.01、0.02°程度。しかし当初は0.1°ぐらいの誤差が生じてしまっていた。その誤差の問題などをなんとか解決するために、福島は試行錯誤を繰り返した。
「発生する磁場は、着磁ヨークの形状や材料、コイルによって変化します。そのため、まずはそれらの要素にどのように手を加えれば最適な磁場が得られるかを検討していきました。さらに、着磁をする上では複数のパラメータがあるのですが、それらがどう精度と関係するかを一つずつ紐解き、最適な着磁条件を見つけていく、ということを行いました」
試行錯誤を繰り返した結果、着磁ヨークに関しては、電流を流す条件やコイルの仕様を変えるのが有効であることがわかっていく。パラメータも、修正と実験を繰り返す中で、だんだんとその特性が見えてきた。そうして徐々に精度が上がり、最終的に許容の誤差内に収まる着磁を実現することができたのである。 次に、いかにして2列のトラックを互いに干渉させずに着磁するかも考えなければならなかった。着磁は1トラックずつ行うが、2トラック目を着磁する際、どうしても最初に着磁したトラックに影響が及んでしまうのだ。
「この点も、いろいろと試す中で、2列のトラックの間にシールドを設けるという方法で解決することができました。2つ目のトラックを着磁する際に発生する磁界を、シールドに吸収されるようにすることで、1つ目のトラックに影響を及ぼさないようにすることができたのです。」

リングに最適な素材を見つける

ただ、2列のトラックの着磁が問題なくできているかを目で確認することはできない。着磁されたリングを使って実験を行い、求める精度が出ているかを確かめるしかない。つまりうまくできているかどうかを知るためには、リングをいったん完成させなければならないが、そこにもう一つ乗り越えなければならない問題があった。リングの素材をどうするかである。最終的な商品は、着磁する面にはゴム磁石、反対側には芯金を用いている。しかし当初からそう決まっていたわけではなかった。
「開発が始まった当時は、着磁する面にプラスチック、逆側には焼結芯金を使っていました。しかし開発を進めるうちに、両素材の膨張のしやすさが違うために割れやすいということがわかってきました。また焼結芯金が重く、求められていた薄さや軽さを実現するのも難しかった。そこで素材を変更することにしたのです。開発を始めてから2年ほどかかりましたが、こちらも試行錯誤を繰り返した結果、ゴム磁石と芯金という組み合わせにたどり着きました。」(福島)
ゴム磁石と芯金にすることによって、割れやすさを回避した上、軽さと薄さも要求に応えるリングを作ることができた。薄くして内径を大きくできたことでリング内に各種ケーブルを通すことも可能になった。
そしてここまで来てようやく2列のトラックの着磁が問題なくできているかどうかも実験によって確認できる。すると、できていた。十分な精度が角度検出ができたのである。

バトンが渡され、広がるシリーズ化の可能性

好評を博し、小型サイズも発売へ

そうして複列磁気リングは完成した。
2017年にラジアルタイプがリリースされた後、2018年にはアキシアルタイプも発売となった。すると、分解能の高さや中空大口径の形状が好評を得て、各種ロボットメーカーやモーターメーカーによって広く使われるようになるとともに、小型の商品も作ってほしいという要望も多く届いた。結果、一回り小さい「32/31極対シリーズ」の開発も進み、2020年に発売となった。
シリーズ化を担当しているのは、ロボティクス・センシング技術部の田中秀明である。彼の業務は適応設計、すなわち、開発された商品を顧客の仕様に合わせて個々に設計していくことである。複列磁気リングは、福島から引き続く形で、いまは田中が今後の展開を考えている。より小さい16/15極対シリーズや、逆に64/63極対シリーズより大きいサイズのものへの展開も検討しているところである。田中は言う。
「福島さんたちには自由度が高く、未来のある商品を開発してもらいました。小型モーターから大型のロボットまで、複列磁気リングのニーズは幅広くあります。状況を見極めながら、さらにバリエーションを増やしていきたいと思っています。」

一つの商品の開発が、次の開発へつながっていく。

福島は、入社以来、複数のテーマで研究を進めてきたが、量産化に至ったのは、複列磁気リングが初めてだった。自らの研究がこうして実際の商品となり、さまざまなロボットの中で生かされていくということは、まだなかなか実感ができないとも言うが、この開発の経験が、次なる商品へとつながっていく。
「これからますます広く使ってもらって、『もっとこういうものがほしい』という声を聞けたらと思っています。そうした声を活かして、今後さらにいい商品を開発していきたいです。」

  • ※取材内容、および登場する社員の所属はインタビュー当時のものです。