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更新日:2023.04.12

移動型独立電源「N3 エヌキューブ」で
新たな社会貢献を目指す

移動型独立電源
「N3 エヌキューブ」

創業100周年を機に踏み出した、新しく大きな一歩

2018年に創業100周年を迎えるにあたり、NTNでは、新たな事業の開拓を進めてきた。そのひとつが、自然エネルギー事業である。現在の世界的な気候変動や大規模災害という課題に対して、NTNの強みを生かして寄与することはできないか。その考えのもと、まず開発したのが、風車と太陽光パネルを搭載した定置型独立電源「NTNグリーンパワーステーション(GPS)」だった。2016年にその販売を開始すると、各地で求められ、有用性が示された。そして、そのノウハウを生かし、より活用の幅が広がるものとして2019年に発表されたのが、移動型独立電源「N3 エヌキューブ」である。現在すでに、国内の複数の場所において、脱炭素、防災・減災、防犯、地域創生といった目的で利用されるようになっている。「N3 エヌキューブ」とはどのようなものなのか。その開発の経緯は。開発を牽引した技術者に聞いた。

  • 柄澤 龍介

    柄澤 龍介

    自然エネルギー商品事業部 技術部

自然エネルギー分野で、社会への貢献を目指す

2015年から始まった自然エネルギー商品の開発

NTNは、2018年に創業100周年を迎えた。それを機に、創業以来の主要事業である軸受や等速ジョイント(CVJ)の開発以外の分野でも社会に貢献しようと、新たな事業の立ち上げを進めてきた。そのひとつが、自然エネルギー事業である。カーボンニュートラルの実現やCO2の排出削減という課題に対して、NTNだからこその方法で寄与すべく新しい挑戦を開始した。

その始まりは2015年に遡る。その年、「自然エネルギー商品プロジェクト」が立ち上がり、基礎開発が動き出した。そしてほどなくひとつの商品へと結実した。それが、風車と太陽光を利用した独立電源、「NTNグリーンパワーステーション(以下、GPS)」である。街灯のように屋外に建てることができ、昼間は太陽光と風力、夜間は風力で発電を行う。発電した電力は夜間照明や監視カメラ、Wi-Fiステーションなどに使用でき、蓄電も可能なことから非常用電源としても利用できるこの商品は、2016年に販売が開始された。これまでの軸受や等速ジョイント(CVJ)がメーカ向けに販売を行う商品であったのに対し、GPSは企業や自治体、一般ユーザー向け、すなわちBtoCの商品となった。NTNにとってほぼ初めてのことであり、手探りでのスタートとなったが、発売すると各地で求められ、有用性が示された(2023年現在で国内約300カ所に設置)。そして同年、「自然エネルギー商品事業部」が立ち上がり、自然エネルギー分野の事業化が本格的に始まったのだ。

予期せぬ事態からの方向転換

こうした動きの初期から関わってきた一人が、現在、自然エネルギー商品事業部 技術部に所属する柄澤龍介である。柄澤は、もともとは長く等速ジョイント(CVJ)の設計を行ってきたが、自然エネルギー商品プロジェクトが始まると、発電機や風車のプロジェクトチームに加わって、必要な基礎技術の開発に携わるようになる。

柄澤が特に注力したのが、NTN独自の翼技術を活かした風力発電装置の設計開発だった。当時、国内では、自然エネルギーの導入拡大政策として電力の固定買取制度(FIT)が行われていて、中でも20kW未満の「小型風力発電装置」の買取価格は55円/kWhと最も優遇されていた。そのためNTNでも、売電を目的として10kWの小型風力発電装置を開発することになり、柄澤はその設計を担当していたのだ。しかし、開発が終盤に至った2018年の初頭に、予期せぬ事態が発生した。柄澤は言う。

「55円/kWhだった小型風力発電のFIT価格が、一気に20円/kWhになると発表されたのです。それでは全く採算が合いません。そこで急遽、方針を変えざるを得なくなり、どうすればいいか検討した結果、開発した10kWの小型風力発電装置を使って新たな独立電源を作ろうということになったのです」

急遽決まった方向転換。しかしいったいどのような独立電源を作ればいいのか。固定式のGPSを世に送り出していた彼らが目指すことにしたのは、移動可能な独立電源を作ることだった。

「NTNグリーンパワーステーション」

風車と太陽光パネルを搭載した定置型独立電源。独自の翼形状を採用した垂直軸風車は、風を逃さず効率的な発電を可能とする。強風時でも、風切り音がほとんど無く極めて静かなため、住宅街にも設置可能。
遠方からも目立ち、いざという時に頼れる発電所として、非常時の携帯電話などへの電源供給や、ブラックアウト(停電)による不安を和らげる明かりも提供する。

移動型独立電源「N3 エヌキューブ」

風車と太陽光パネル、蓄電池をコンテナ内に格納した移動型独立電源。
電力を必要とする地域にトラックなどで運搬して、即座に発電・給電を行う。
内装のカスタマイズが可能で防災倉庫や仮設事務所、エコトイレなどさまざまな用途に活用可能。

「N3 エヌキューブ」は小型風車と太陽光パネル、蓄電池を格納した独立電源装置であり、トラックなどで運搬できる高い機動性を特長とする

自然エネルギーによる移動型独立電源を開発する

災害時における活用を目指して

柄澤たちは、まず世界各地の未電化地域で利用できる独立電源を作りたいと考えた。途上国や災害発生地などにおいて、自然エネルギーによる独立電源は大きな貢献を果たせるうえに、需要も大きいに違いないからだ。しかし、いきなり海外での展開を目指すのはハードルが高い。そこで、検討を重ねた結果、まずは国内で災害時に活用できるものを作ろうということになった。

GPSでの経験に加えて、独自の風車、太陽光発電の制御技術はある。それらを輸送コンテナと組み合わせれば、”移動できる独立電源”を作ることができるだろう。それはきっと求められるのではないか。「自然エネルギーを活用した独立電源で、かつ移動できるもの」というのは当時はほぼ見受けられず、昨今の国内での災害発生の状況を考えれば、確実に必要とされるものに思えた。

そうして基本的な方向性が固まり、柄澤がその設計の中心的な役割を担うことになった。ただ実際に動き出してみると、これまで彼が経験してきたのとは大きく異なる業務となることが分かっていった。

数々の未知の業務を乗り越える

「予想していなかった方針転換を迫られての開発だったこともあり、できるだけ短期間で完成させることが求められました。そのため、綿密に考えて設計してから作るのではなく、作りながら試し、問題があれば改良していくという方針で進めることになりました」

設計→試作→実験→改良、といった手順で開発を行うことが常であった中、まずこの進め方が柄澤たちにとって新しかった。また、自前の風車と、買入れ部品である太陽光の電源を組み合わせてひとつにまとめるというのも、新しい試みだった。NTNではこれまで、基本的には何でも自社で作ってきたからだ。

図 使用する輸送コンテナは、10フィート、12フィート、20フィートの3種とした。12フィートはJR貨物の規格である。

法的に検討すべき点も想像以上に多かった。たとえば、コンテナの規格を決めて風車を建てると高さが4.7mになる。すると道路交通法の規定によりそのままでは移動できないことに気づかされた。そこで風車を上下させる機構を新たに作る必要に迫られた。また、コンテナを置き、人が中に入って継続的に利用する場合、「建築物」の扱いになることも分かり、法令に準拠したものにするためには考慮すべき点が多々あった。強度に関しても、建築基準法に則りつつ、風車の基準も満たすものにする必要がある。加えて、コンテナを地面に置く場合には、条件によっては申請が必要な場合があることも分かるなど、調べれば調べるほどやるべきことが発生し、どこまでやれば大丈夫と言えるのかが分からないという具合だった。

「これまで誰もやったことがなさそうなことが次々に出てきて、誰に聞くべきかも分からず、悩むことが多くありました。それでもそのひとつひとつについて、サプライヤー、行政、各種協力企業など、さまざまな方とやり取りを重ね、模索していくと、完成が見えてきました」

開発を始めてから1年ほど経った2019年初頭、試作機ができあがった。そして同年5月、「N3 エヌキューブ」の発売が正式に発表されるに至ったのだ。

災害支援、倉庫、事務所、トイレ、そして……

試作機を積み、トラックを三重から千葉へ走らせる

発売後はまず、PRに力を入れなければならなかったが、そんなあるとき、「N3 エヌキューブ」が求められる場面が突然生じた。それは同年9月、勢力の強い台風15号が千葉県に上陸した時のことである。

「台風の被害によって千葉県で停電が起きているのを知り、『N3 エヌキューブ』が役に立つかもしれないと思いました。可能性を検討したところ、安房郡鋸南町からぜひ来てほしいという声をいただきました。そこで急遽、試作機をトラックに積んで三重から現地へ持っていくことにしたんです」

試作機が運ばれたのは、鋸南町の中心部から少し離れたところにある、保健福祉の施設だった。台風上陸の3日後から6日間にわたって、その場所に設置して各種給電を行った。そしてその後、新たに要望をもらった富津市金谷地区へ移動して、天羽漁港で3日間給電を行なった。

「鋸南町では、近くの住民の方たちの携帯やモバイルバッテリーなど、約1,000台を充電しました。天羽漁港に移動してからは、被害の発生から少し時間が経っていたこともあり、DVDプレーヤーやハンドクリーナーなど、さまざまな生活用品の充電にも使ってもらいました。テレビを設置し、Wi-Fiも使えるようにしていたので、情報収集や通信を含め、いろんな目的で使ってもらえる場になりました」

千葉県では、試作機をトラックに載せたままの状態で「N3 エヌキューブ」を利用してもらった。
各種機器の充電は、延長コードや電源タップを増やして対応するというシンプルな方法で行ったが、「ありがたかった」という声が多く届いた。

避難所などの拠点には、もちろんディーゼルの発電機による給電がある。しかし、自宅から遠くて行けないという高齢者などもいる。そうしたとき、求められる場所で、自然エネルギーによって電気を供給できる「N3 エヌキューブ」は、確かに役に立つことを実感できた。蓄電池を備えているため、天候の悪い日が数日続いても使い続けられるのも強みになった。
「ディーゼル発電機があって『N3 エヌキューブ』があってと、異なる形態の設備が併用されることによって、いろいろなニーズに応えられるということを実感できました。『N3 エヌキューブ』だからこそできることがあると確信する経験になりました」

静岡県吉田町・水防センターから見えた広い可能性

千葉での経験を経て、2020年度から実際に販売が始まった。
まず導入が決まったのは、三重県桑名市の防災拠点施設で、防災用の倉庫としての利用だった。普段はエアコンなどにより室内の温度を一定に保ち、市販薬や液体ミルクなどを保管できる倉庫として物資の備蓄に使い、何かあったときには移動させて利用するという形である。

三重県桑名市の防災拠点施設で採用された「N3 エヌキューブ」

このような利用のされ方が、当初、主に想定していた形だったが、その後、設計チームや営業チームからも、他にも多様な可能性がありそうだという声があがった。そこで、用途の開発を進めていくと、確かにさまざまな活用ができそうなことが分かっていった。そして実際に、思わぬ利用の形が広がっていった。

「N3 エヌキューブ」を活用した事務所タイプ(左)とエコトイレ(右)

ひとつは、事務所としての活用だ。内部8畳ほどの広さが取れる20フィートのコンテナを使い、快適に過ごせる空間にし、外観の意匠にも力を入れたデモ機を作った。リモートワークが広がる流れにもマッチしていると考えられた。
また、トイレにも使えるのではないかということで実現したのが、三重県桑名市の山上公園に導入されたエコトイレである。バイオによる循環式水洗トイレに「N3 エヌキューブ」を組み合わせることで、電気も水道も不要の、置くだけで使えるトイレになった。Wi-Fiによって施錠も遠隔で可能にし、夜間の管理や機器状態の監視にも便利なものを作り出すことができたのだ。

こうした事例を重ねることで、柄澤たちは、「N3 エヌキューブ」が持つ可能性の広さに手応えを感じるようになった。そしてそうした中で、さらに新しい可能性が示された事例が生まれた。それが、静岡県吉田町が作った防災関連施設への採用だった。

「吉田町は、防災に力を入れたまちづくりを推進している自治体で、1000年に一度の大津波への備えとして、海岸沿いに長さ1.5km、高さ11.8mの防潮堤と河川防災ステーションを2022年に完成させました。そこに、水防活動や災害時の復旧活動を行う拠点として『水防センター』が整備されたのですが、その一部に『N3 エヌキューブ』を採用していただいたのです」

水防センターは、コンテナ6つをコの字型に組み合わせた施設であるが、そのうち2つが「N3 エヌキューブ」なのだ。平時は、その2つが施設全体の電力を供給・制御する役割を担い、災害が発生した時などには、2つのうちの1つが必要な場所に運ばれて給電できる設計になっている。平時にも非常時にもその強みが生きる、理想的な「N3 エヌキューブ」の活用のされ方がここにあると言えるだろう。

左下の写真が静岡県吉田町の「水防センター」の全体。高さ11.8mの防潮堤の上にある。
平時は、人が集う施設として活用される。災害時、2基の「N3 エヌキューブ」のうちの1基が出動しても、もう1基で施設への電源供給は継続できる。

広がる利用の可能性、そして世界へ

普段から使え、災害時にも生かせる拠点として

2019年に「N3 エヌキューブ」を発表してから現在までの間に、思っていた以上に利用の幅が広がったと柄澤は話す。
「防災・減災が一番の目的ではあるものの、災害時だけに利用するものというのはなかなか広まらないことがわかってきました。そのため、普段から使ってもらえるものであることが大切だと感じています。事務所もトイレも、吉田町のような施設も、そのような意味できっとこれから需要が増えていくのではないかと考えています」

そしてまた別の可能性として、通信の拠点としての活用も考えているという。離島やへき地に設置して、通信ができるような施設にすれば、災害などで停電した時にも「N3 エヌキューブ」で施設を稼働させることができ、携帯を持っていれば外部への連絡が可能な場所を作れるのではないか……。柄澤の中には今、さまざまな可能性が新たに見え始めているようだった。

役に立っていると実感できる喜び

等速ジョイント(CVJ)の設計から一転して、いま自然エネルギー分野で奮闘する柄澤は、「毎日、必死です」と笑う。開発のノウハウや立てるべき戦略がこれまでと違うだけでなく、チームを技術面でまとめる立場でもある。製造を外部に委託するファブレスな事業のため、各サプライヤーとのやりとりも多い。そのため、これまでになくコミュニケーションの力が求められ、大変な部分も少なくないが、これまで感じることのなかった喜びが得られるようにもなったという。

「これまでは、自分が作ったものを使っているお客さんの声を聞くことはほとんどありませんでした。でもいまは、千葉の台風の時などをはじめ、『すごくありがたかった』といった声を直接もらえるようになりました。それは本当に嬉しいし、やりがいにもなります。そして『N3 エヌキューブ』は、どう役に立っているかがわかりやすい商品なので、自分はこういうことのために働いているんだというのがはっきりと認識できます。それが、『がんばろう』という気持ちにつながっているようにも思います」

誰もやってこなかったことをやる緊張感と楽しさの両方が柄澤の言葉からは感じられた。そしてその先には大きな未来が広がっているようだった。

「いずれはやはり、世界各地の未電化地域で活用されてほしいと考えています」

「N3 エヌキューブ」の物語は、まだ始まったばかりだ。

※取材内容、および登場する社員の所属はインタビュー当時のものです。