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更新日:2023.07.19

軸受の状態を診断する
「レポートビジネス」への挑戦

「NTNポータブル異常検知装置」

異常検知装置の開発から始まった、”コト売り”という新たな一歩

ベアリング(軸受)は、あらゆる設備の回転部分に使われており、故障すれば生産活動などに大きな影響を生じさせる。そのため、設備の安定稼働には軸受の定期的な診断が欠かせない。加えて近年、予防保全の重要性に対する認識が高まり、異常検知ツールのニーズが増している。
そうした中でNTNは、軸受の異常検知や設備の振動測定を手軽かつ高精度に行える「NTNポータブル異常検知装置」を2020年に発売した。そして2022年からは、この装置の測定データに基づく診断結果をお客さまに報告するレポートビジネスを開始した。精密機器メーカとして、軸受やドライブシャフトといった”モノ”の開発や生産に特化してきたNTNにとって、レポートという”コト売り”は、新しい試みである。
新たな一歩はどう踏み出されたのか。そして今後の発展は――。装置開発者と販売担当者に聞いた。

  • 野村 知広

    野村 知広

    アフターマーケット事業本部
    テクニカルサービス部

  • 野村 優奈

    野村 優奈

    産業機械事業本部
    東京支社

  • 加賀 元了

    加賀 元了

    産業機械事業本部
    ロボティクス・センシング技術部

「ハンディ型異常検知装置」の後継機を開発する

モバイル機器の性能向上を背景に

工場などにおける設備保全はこれまで、熟練した技能員の経験や感覚を頼りに行われることが多かった。しかし近年、人材不足などによりノウハウの蓄積が困難になり、機械の異常を検知するツールへのニーズが高まってきた。また、予防保全の重要性に対する認識の向上もあり、生産ラインだけでなく、搬送や油空圧機器などの付帯設備にも状態監視へのニーズが広がっている。
そうした状況を背景に、NTNでは、軸受の異常検知などを目的として、2014年に「ハンディ型異常検知装置」を開発した。振動データを収集し、データをサーバに送信して解析し、その結果をスマートフォンなどのモバイル機器で確認できる小型の装置である。

その後、モバイル機器の性能が格段に向上したことで、サーバを経由せずに、データの解析から結果表示までのすべてを、スマホなどの中で行える可能性が出てきた。そのような異常検知装置が開発されれば、コストも抑えられ、より利便性も上がるはずだ。
そうして、ハンディ型異常検知装置の後継機となる装置の開発が2016年ごろに始まった。

通信速度にこだわった理由

新たな異常検知装置の開発を担当したのは、当時、アフターマーケット事業本部に所属していた野村知広と加賀元了である。二人はともに検討を重ねながら、装置の具体的な形を決めていった。
装置は、手のひらサイズにし、測定したい設備に手軽に取り付けられるものとする。取得した振動のデータをスマホなどのモバイル機器に送れば、計算から結果表示までのすべてをモバイル機器内で完結できるようにする。それが基本的なコンセプトである。

ハードの開発はスムーズに進んだが、1点議論になったのはデータの通信方法だった。つまり、BluetoothにするかWi-Fiにするかという点である。Bluetoothは立ち上がりの速さやバッテリーの持ちに利点があり、一方、Wi-Fiは通信速度が速い。既存品ではBluetoothが使われている場合が多かったが、今回開発するものはWi-Fiにした。その理由について野村は言う。
「一般的にWi-Fiは通信速度がBluetoothより10倍以上速いとされ、この装置においては通信速度が重要だと考えたからです」
結果から言えば、完成した製品は振動の測定を開始してからスマホで結果を表示するまでを約7秒で行う。しかしこれがBluetoothの場合、25秒ほどかかる計算になるという。この時間の違いは大きいと野村たちは考えた。
「利用者はこの装置を持って、例えば1日かけて各設備を回って検査することになると考えられます。そうした場所はたいてい暑く、クーラーもありません。そのため、1つの検査にかかる時間が10秒や20秒違うのは利用者にとって大きな違いだと言えるでしょう」
野村たちが利用者視点に立ちながら設計開発を進めていったのが想像できる。

一方、ソフト開発は、主に加賀が担当することになった。加賀はプログラミングに精通していたわけではなかったが、学びながら自らコードを書いていった。初めて取り組むことが多く簡単ではなかったが、次第に形になっていった。そうして2018年、1号機が完成した。

「NTNポータブル異常検知装置」

設備の振動測定や軸受の異常検知と損傷部位の推定を可能とするデバイス。マグネットやねじなどで設備に取り付けるだけで使用可能。専用アプリをインストールしたApple iOS対応スマートデバイスで、振動データの解析や管理を行うことができる。

装置はマグネットで測定対象の設備に直接取り付けられる。
測定したデータはモバイル機器に送信して、計算・分析を行い、結果を表示する。

利用者のニーズに応える装置が完成

FFT(高速フーリエ変換)分析によって見える振動の意味

1号機は、本商品を発売する前の試作機的な位置づけであり、使ってもらって問題点を洗い出すことを目的としていた。実際の利用者の声を取り入れるこの過程こそ大切だと野村たちは考え、積極的に感想を集め、それを元に改良に取り組んでいった。

その結果、主に手を加えることになったのは解析機能である。中でも大きな変更が必要となったのが、解析結果をより便利に参照・利用できるようにするための仕組みだった。いったいどのような改良をしたのか。その点を説明するために、以下に解析の内容について簡単に説明する。

まず、この装置で測定するのは、振動の加速度、速度、変位という3つの要素である。振動はこの3要素によってその性質が決まるからだ。軸受が劣化したり、他の何らかの不具合によって振動の仕方が変わったりすると、これらの要素が変わる。それを測定、解析して、問題を特定しようというのがこの装置である。

その解析の際に一般的に用いられるのが「FFT(高速フーリエ変換)分析」という方法だ。FFT分析とは、簡単に言えば、どのような周波数(=1秒間の振動回数。速度と変位から計算できる)の振動がどの程度の頻度で生じているかを周波数ごとに調べる方法で、本装置もこの方法によって測定データを解析している。その例が図1である。ここでは、周波数130Hzの振動が頻繁に生じていることがわかり、その結果、内輪に異常があると推測できる。

そしてこのFFT分析に関連して、改良すべき点があったのだ。

図1 測定結果のイメージ
FFT(高速フーリエ変換)分析による測定結果イメージ。測定した振動データから、どのような周波数の振動がどの程度の頻度で起きているかを計算し、周波数ごとに集計している。外輪、内輪、転動体のどこに問題があれば、どの周波数の振動が多く発生するかは理論的に求められるため、この分析から、軸受のどこに問題があるか(または軸受以外に問題があるのか)を推定できる。

使いやすさを追求して、プログラムを大幅に書き換える

図1のような結果を得るには、FFT分析の前に「エンベロープ処理」という行程が必要になる。エンベロープ処理とは異常を検知する上で有意ではない微小な振動を無視するための処理で、これを行わなければFFT分析の結果は全く違ったものになります。ただ一方、エンベロープ処理を行わないFFT分析の結果にも意味があり、測定データの意味をよく理解するためにはそちらもまた必要になる。そしてそこに、プログラムを作る上での検討点が発生する。加賀が言う。

「1号機では、エンベロープ処理をするかしないかを先に選んでFFT分析を行うという形をとっていました。つまり1つの測定データからは、エンベロープ処理ありかなしのいずれかの場合しかFFT分析ができなかった。そしてそれは、既存の異常検知装置においても基本的に同様でした。しかし利用者から、『それでは使いにくい』という声がありました。1つの測定データに対して、エンベロープ処理ありとなしの両方の結果を見たいと。そこで、それが可能になるよう、大幅な修正に着手したのです」

加賀にとって、それはほとんどプログラムを1から書き直すような作業に近く、大変だった。しかしなんとかやり切った。その結果、1つの測定データに対してエンベロープ処理ありの場合となしの場合の両方を、1回のクリックで切り替えて表示できるようになったのである

この改良によって、解析結果の持つ意味は格段に理解しやすくなった。そしてそれ以外にも必要と思われた改良を行い、いよいよ2020年、「NTNポータブル異常検知装置」が完成したのだ。

図2 2018年に完成した1号機(左)と2020年に完成した「NTNポータブル異常検知装置」(右)
2020年完成品は1号機より一回り小さい仕様となった。

レポートビジネスという”コト売り”から見えた可能性

提案する中で知ることになった意外な要望

そうして「NTNポータブル異常検知装置」が完成し、販売が開始された。
当初は、この装置を導入してもらい、さらなる軸受の販売につなげていくというのがビジネスとしての狙いだった。しかし徐々に予想していなかった可能性が見えてきた。当時、産業機械事業本部 名古屋支社で販売を担当した野村優奈が言う。
「販売活動を重ねる中で、この装置に対してさまざまなニーズがあることに気づかされました。稼働中の設備の診断に使いたいという声がある一方で、例えばあるメーカからは、軸受が組み込まれた製品が市場で不具合発生した際に、その原因が軸受にあるのかもしくは他の要因なのか、この装置で調べたいと言われました。そのうちに、そういった診断の結果を、NTNの正式なレポートとして欲しいという声も複数いただくようになりました」

異常検知装置による測定結果は、確かに、誰が見ても意味が分かるというものばかりではないという。装置の周りの環境や、どのように軸受を使っているかによっても判断が変わってくる。測定結果をどう判断するかは軸受を専門とする自分たちだからこそできる場合が確かにある。そのため、NTNが出したレポートは、設備の状態に関するエビデンスとして利用してもらえる場合もあるだろう。お客さまにとって喜ばれる新たなビジネスが生まれる可能性が見えたのだ。

水道設備の軸受の状態を診断する

そうして2022年より、診断結果のレポート提供を新たなビジネスとして始めることになった。顧客第一号となったのは、近隣の自治体だった。
「地域の水道設備の状態を診断したレポートがほしいというご依頼でした。水道は絶対に止まってはならないライフラインであるため、平時から状態を知っておきたいとのことでした」

レポートで対価を得る”コト売り”は、NTN全体としてもほとんど初めてのことで、手探りの作業となった。また法人ではなく自治体とのやり取りという点でも、野村優奈にとっては新しい経験となった。しかし診断してレポートを作成すると、通常の検査では発見されることはなかったであろう微細な異常も発見され、その有用さが明確になった。そして、今後は対象を広げてさらにレポートを作ってほしいと言われるに至る。

「最初に出したレポートは、データ量が多くてよく分からないから、もっとポイントを分かりやすくしてほしいと言われ、作り直したりもしました。これからもしばらくは試行錯誤が続きそうですが、このレポートビジネスには、NTNだからこそ提供できる価値があると感じています。ますます広く利用してもらえるサービスに育てていきたいです」
野村優奈はそう話した。

お客さまに「NTNポータブル異常検知装置」の使用方法をレクチャーするとともに診断結果をまとめたレポートを提供

異常検知装置から広がった新しい社会貢献の可能性

必要な際の診断から、常時監視へ

今後はどう発展していくのだろうか。装置のプログラムを書いた加賀が言う。
「NTNポータブル異常検知装置は、基本的には、必要な際に設備に取り付けて使ってもらうことを意図したものです。それに対し、常時監視用のアプリケーションを開発しています。『NTN軸受診断エッジアプリケーション』という名称で、現在お客さまに実際に使用いただいて意見を集めているところです。NTNポータブル異常検知装置は、軸受の品番や回転数の入力が必要でしたが、軸受診断アプリはそういった情報なしで、軸受の振動データだけで状態を判断できるようにアルゴリズムを組んでいます。振動データを常時取得し、FFT分析まではせず、軸受に損傷があればわかるようにする。そして必要に応じてNTNポータブル異常検知装置で詳しく診断する、という使い方をしてもらえたらと考えています」

「NTNポータブル異常検知装置」が販売を迎える前の2019年9月、千葉県に勢力の強い台風15号が上陸したことがあった。そのとき、被災した地域の工業地帯の複数の企業から、軸受に異常が生じてないかを診断してほしいと依頼され、1号機を持って診断し、簡単なレポートを作ったことがあったという。その際、ある工場では「もし1つの設備を止めることになれば工場全体を止めることになり、損害が甚大になる」と言われた。そうした中、「NTNポータブル異常装置」を用いた診断によって異常がないことが確認でき、稼働し続けることができたため損害を回避できたという。常時監視によって、何かの際に異常をすぐに検知できるようになれば、こうした場合にも有用だろう。軸受診断アプリもまた、大きな役割を果たせそうだ。

アプリ開発と”コト売り”という新たな2つの可能性

これまで100年にわたって、形あるモノを売ることに徹してきたNTNに、「NTNポータブル異常検知装置」は、新たなビジネスの可能性を2つ示したと言える。

1つはアプリケーションを売ることである。高額な設備投資が難しくなってきた現在、設備が要らないソフトウェアの販売は新たな可能性を開くかもしれないと、開発者の野村知宏は言う。
そしてもう1つが、レポートビジネスという”コト売り”である。それ自体がNTNのビジネスに新しい可能性を開くとともに、まだ見えていない可能性を可視化したとも言えるかもしれない。販売担当の野村優奈が言う。
「今回、レポートビジネスという想定外の高付加価値なビジネスが見つかったように、これから他の商品を売る中でも思わぬビジネスが生まれるかもしれないと感じています。今後はそのような可能性も意識しながら、販売活動に取り組みたいと思っています」

2018年に創業100周年を迎えたNTNにはおそらく、世界でNTNにしかない知見が数多くある。それが”コト売り”として広く共有されることになれば――。
NTNの、新しい形での社会貢献が始まりそうだ。

※取材内容、および登場する社員の所属はインタビュー当時のものです。