自動車

更新日:2026.08.05

AIを活用したハブベアリング設計で
開発スピードの向上に挑む

「ラッソ回帰」と「ベイズ最適化」によるFEM解析結果の高速予測

ハブベアリング設計のさらなる効率化を実現するAI技術を開発

NTNは2025年、主力商品であるハブベアリングの設計効率化のために、AIを活用した新しい技術を開発した。「ラッソ回帰」という回帰分析の方法と「ベイズ最適化」という最適化アルゴリズムの採用によって、性能評価に伴う解析を短時間で行えるようにするAIの技術だ。軸受業界初となる方法でAIを取り入れたこの技術は、NTNが2022年に導入した第3世代ハブベアリング設計の自動計算システム「ABICS(アビックス)」に組み込まれる形で導入された。いったいどのような技術なのか。この技術はどのように開発され、今後どう発展していくのだろうか。開発を担当した2人に聞いた。

  • 北田 達哉

    CVJアクスル事業本部
    開発部

    北田 達哉

  • 松淵 博基

    CVJアクスル事業本部
    開発部

    松淵 博基

ハブベアリング設計の自動計算システム「ABICS」とその課題

ABICSの導入とそのさらなる改良のために

自動車のホイールと車軸を接続し、タイヤの回転を支えるハブベアリングは、NTNの主力商品の一つである。1970年代の生産開始以来、半世紀にわたって世界トップクラスのシェアを維持している。近年、自動車の開発スピードが上がり、ハブベアリングの開発も効率化・高速化が求められるようになる中で、NTNは2022年、第3世代ハブベアリングの設計の自動計算システム「ABICS(アビックス)」を導入した。このシステムの導入によって、設計工数は従来比で約80%削減可能になり、開発期間の大幅な短縮が実現された。ハブベアリングは形状が複雑で設計工数がかかるため、このようなシステムがあることの意味は大きい(ハブベアリングそのものについての詳細は、こちらの記事*1に詳しい)。

*1 ハブベアリングの低摩擦化を極限まで追求する 「低フリクションハブベアリング」シリーズ
https://www.ntn.co.jp/japan/the_challenge/detail/index24.html

第3世代ハブベアリング

ハブベアリングの適用箇所

しかしABICSが利用されていく中で、後述する理由から、システムのさらなる効率化を実現することが望ましいと開発者たちは考えるようになった。そうしてさまざまな検討を重ねた結果、「ラッソ回帰」と「ベイズ最適化」という手法を取り入れたAIの技術を導入することになったのである。なぜABICSはさらなる効率化が必要とされたのか。そしてこの新たなAIの技術によって、ハブベアリング設計の方法はどう変わったのだろうか。

設計フローをループ状に繰り返すことを回避したい

ハブベアリングの設計フロー
(上)ABICS導入前、(下)ABICS導入後

ハブベアリングの設計は、上図のフローのように行われる。まずは顧客の要求に従って内部諸元が設計され、軸受の外部形状を検討し、3Dモデルを作成する。その後、設計内容が顧客の要求仕様を満たしているかを確認するためにFEM(有限要素法)解析*2が行われ、問題がなければ報告書を作成、設計完了、という流れである。従来(ABICS導入以前)は、これらの作業を工程ごとに別の担当者が行っていたが、ABICSの導入によって、内部諸元の設計からFEM解析までが自動化された。それによって設計エンジニアが全工程を一人で行うことが可能になり、約8割もの開発工数の削減が実現した。しかしABICSがよく使われるようになる中で、解決すべき課題があることに開発者たちは気がついた。今回のAI技術の開発チームを牽引するCVJアクスル事業本部 開発部の北田達哉はその点についてこう話す。

*2 複雑な形状や構造に対して、対象を細かい要素に分割して応力集中や変形等の物理現象をコンピューター上で数値的に解析するための計算手法

「ABICSでFEM解析を行った時、要求仕様を満たさない場合が少なからずあることがわかってきました。背景には、近年のEV化などの影響でお客さまからの要求がとても厳しくなっているということがあります。高い耐荷重性能とともに軽量化も求められる場合など、両方の条件を満たす設計は時にとても困難です。そういう場合もABICSは、条件を満たす内部諸元を自動で導き出してはくれるものの、その諸元に基づいて設計された3Dモデルが、FEM解析においては要求仕様を満たさない、という場合があるのです。導き出された内部諸元がもともと要求仕様ギリギリの値だったりするためです。そうなると、従来のABICSでは、再び3Dモデル作成から、場合によっては内部諸元の計算からやり直しとなり、再度FEM解析を行うことが必要になります。しかも、それを何回も繰り返さないといけないケースも生じ、そうした場合にはかなりの時間がかかります。これはなんとかしなければならないということで、解決法を考えることになったのです」

「ラッソ回帰」で主要な問題を解決へ

FEM解析の予測を可能にする回帰分析の方法

従来のABICSのフロー(上)とAI技術導入後のABICSのフロー(下)

つまり問題は、3Dモデルを作成した後にFEM解析へと進み、その結果やり直しとなる場合があることだ。複雑な形状であるハブベアリングのFEM解析の計算にはかなり時間がかかるため、3Dモデル作成をやり直して再度FEM解析を行うことになると時間を大きくロスするのだ。そこで考えられたのが、本番のFEM解析へと進む前に、AIを活用してFEM解析の結果を高速で予測する仕組みを作り、要求仕様を満たすかどうかをまずそこで確認できないか、ということである。それが可能になれば、時間のかかるFEM解析を何度も行う必要がなくなるからだ。

では、どうすればAIによってFEM解析の結果を高速に予測することが可能になるのか。そのために必要なのが「回帰分析」の導入だ。回帰分析とは、簡単に言えば、入力に対する出力を予測する方法のことである。例えば、何らかの部品において、その寸法に応じてある変位が生じるとしよう。そうした場合に、入力として寸法が与えられれば出力となる変位が近似的に予測できるような方法のことである。ハブベアリングで長年にわたり世界トップクラスのシェアを持つNTNには、過去の膨大な設計の蓄積からハブベアリングにおけるこのような入力と出力の関係についてのデータが大量にある。それをAIに学習させて回帰分析を行えば、新たな入力があった際の出力も予測できると考えられるのだ。ただし、回帰分析にはさまざまな方法があり、高精度な予測のためには適切な方法を選択することが必要になる。その点において、開発チームは困難にぶつかることになった。北田は言う。

「FEM解析によって得られる代表的な出力には、縮径、応力、剛性の3つがあります。この中で私たちはまず縮径を予測する方法をAIで構築しようと考えました。縮径とは、組付けによる内部部品の変形量を算出する解析のことで、私たちは、ハブベアリングの諸元を入力したらその変形量(=縮径)が精度よく予測できる方法を確立することを目指しました。しかし、どの回帰分析の方法を用いるとよいのかがなかなかわかりませんでした。ひとまず、応答曲面法やランダムフォレストといったよく知られた方法を試したのですが、いずれもうまくいきませんでした。過学習という問題が起きてしまうのです。つまり、簡単に言えば、訓練データでは出力が高精度だが、未知のデータではその精度が低下するということです。どうすればいいのだろうと皆で頭を悩ませていましたが、ある時、松淵さんが新たな提案をしてくれました。『ラッソ回帰はどうでしょうか』と」

高度な数学を駆使してラッソ回帰を使いこなす

松淵博基は、この技術の開発において北田とタッグを組むもう一人の開発者だ。彼が提案した「ラッソ回帰」とは何なのか。それは過学習が起きにくい回帰分析の方法だった。過学習がなぜ起こるかと言えば、それは、訓練データによる学習において、出力の予測精度を上げるために、入力する変数を取り入れすぎることに起因する。入力する変数を多くすれば、当然訓練データに対してはいい出力を出すようになるものの、同時にノイズのようなものも混入し、その結果、未知のデータに対しては誤差が大きくなるのである。松淵が言う。

「ラッソ回帰は、そういうノイズのような不要な変数を取り除いてくれる回帰分析の方法です。過学習が起きないようにすると同時に、予測精度も高く保つように変数を選ぶ仕組みを備えています。1年以上かけてさまざまな回帰分析を吟味する中でこの方法にたどり着き、これであればFEM解析の予測に使えるのではないかと考えました」

ただし、ラッソ回帰を使いこなすのは簡単ではない。不要な変数を取り除いてくれるとはいえ、どのレベルの変数までを取り除くかはパラメータ次第であり、そのパラメータをうまく設定できるかどうかで、最適な予測精度が得られるかが変わってくる。そこがラッソ回帰の難しさなのであるが、松淵はパラメータの設定を的確に行える高度な数学的素養を備えていた。彼は大学時代に制御工学を学び、高度な数学に精通していたからだ。北田が言う。

「まさにこのパラメータの設定が、独自のノウハウになるのですが、松淵さんは数学を専門的に学んでいるため、その点を巧みにやってくれました。その結果、ラッソ回帰を活用したこの技術の核となる部分を確立することができたのです」

ラッソ回帰を利用して得られた結果は、望ましいものだった。過学習は起きず、FEM解析の予測を高い精度でできるようになったのだ。

ラッソ回帰のパラメータを「正則化パラメータ」という。変数の数(青の棒グラフ)を少なくし、かつ、予測の誤差(オレンジ色の線)も十分に小さくなるようにこのパラメータを設定することが重要になる。

軸受業界を驚かせた新たな予測計算法の誕生

「ベイズ最適化」という最後のピース

ラッソ回帰を利用する道が開けたのは何より大きな進展だった。しかし、それだけでは十分ではないと北田と松淵は考えた。というのも、ラッソ回帰によって予測された縮径が要求仕様を満たせば問題はないが、要求仕様を満たさない場合にはまた別の入力値によってラッソ回帰を行うことが必要になる。そしてその場合、2回目に要求仕様を満たすとは限らず、結果として5回、10回と予測計算を重ねることにもなりかねず、そうするとやはり時間がかかってしまうことに気づいたのだ。

ではどうするか。そこで採用されることになったのが、ベイズ最適化という、最適解を得るアルゴリズムだった。この方法を用いると、ラッソ回帰が要求仕様を満たさなかった場合に、次はどの入力値でラッソ回帰の計算を行うとよいかを提案してくれるのだ。要求仕様を満たす入力値に行きつくまでに少なくとも何度かはラッソ回帰を繰り返す必要はあるとしても、ベイズ最適化を利用すると、とても効率的に、少ない試行回数で要求仕様を満たす入力値を見つけることが可能になる。実際にやってみると、期待通りに機能した。

そうして、ラッソ回帰にベイズ最適化を組み合わせることで、ついにこれまでに見たことのない、FEM解析の高速予測の方法が確立された。縮径の予測が、普通にFEM解析を行う場合の実に10分の1以下の時間で行えるようになったのだ。

NTNのノウハウと経験があってこそ可能になった

「ラッソ回帰とベイズ最適化を組み合わせてFEM解析の予測計算を行うというのは、おそらく軸受業界でも初めてのことで、とても画期的だと考えています。昨年、この技術について学会で発表した時、すごく大きな反響がありました」

松淵はそう話す。他国の研究者からも注目を集め、高い評価を得たという。となるとこれから他社が一斉にこの技術を追随してくるのではないかとも想像したが、おそらくそう簡単にはいかないだろうと、北田は自信をのぞかせる。

「ラッソ回帰の活用は、高度な数学的知見とNTN独自のノウハウによって実現しました。またその他にも、AIを使ったこの技術には、NTNが長年培ってきた経験やデータが活かされています。今後この技術をさらに発展させ、私たちならではの超高効率なハブベアリング設計システムを完成させたいと思っています」

全FEM解析の予測計算を完成させ、さらにその先を目指したい

応力と剛性の予測計算も実現させたい

今回、縮径のFEM解析を予測する方法は確立できたが、予測したい3要素の残り2つ、応力と剛性についてはまだこれからだ。その3つがすべてできるようになって初めて、全FEM解析の予測計算が完成するという。そこに至るまでに乗り越えるべき山はまだあるものの、ラッソ回帰とベイズ最適化を組み合わせるという方法が出来上がった今、ゴールは決して遠くないと北田は言う。

「2029年度までには、3つすべての要素についてFEM解析の予測計算ができるようになることを目指しています。腕の見せどころという部分はまだ残っていますが、チームみんなで力を合わせたらきっとできると思っています」

FEM解析の3つの要素すべての予測計算が可能になれば、設計における工数はABICS導入以前に比べて約90%削減できるようになる見込みだという。それが現実になる日が来るのもそう遠くはなさそうだ。

コンビで切り開く新たな予測技術への道

北田はNTNに入社する前は自動車の部品メーカーで、主にCAE解析に携わっていた。その技術を活かすべくNTNに入社したという、まさにCAEのスペシャリストだ。一方、松淵は、大学院で数学を活かした工学の研究を行った後、NTNに入社した。今回の成果は、2人の専門性が存分に発揮された結果だと言えそうだが、北田はとりわけ松淵の貢献を評価する。

「今回は松淵さんが本当によく頑張ってくれました。とてもいいチームになっているなあと感じます。今回の成果に関する論文が僕ら2人のデビュー作です。2作目、3作目も発表できたらと思っています。今回の軸受業界におけるラッソ回帰とベイズ最適化の組み合わせのように、誰もやっていないことを最初にやることにこそ価値があると考えています。今後も、CAEとAIの分野において、誰も成し得ていないことをやりたいです」

従来の技術を塗り替えるような方法を確立して、この分野で天下を取れたら――。そう言って笑う北田の横で、松淵は静かに笑顔を見せる。この2人は、きっとこれからまだまだ大きな成果をあげるはずだ。

※取材内容、および登場する社員の所属はインタビュー当時のものです。