工作機械

更新日:2025.05.09

カーボンニュートラル実現に向け、
グリース潤滑軸受の可能性を広げる

グリース潤滑軸受向け成形樹脂保持器

業界最高水準の高速回転性能を実現する成形樹脂保持器

加工時間の短縮に向けて工作機械の高速回転化が進む中、近年、マシニングセンター(切削工具を自動交換して各種加工を自動で行う工作機械)の主軸用軸受にも高速回転性能が求められるようになっている。マシニングセンターの主軸用軸受の潤滑方法には、エアオイル潤滑とグリース潤滑があり、一般的に高速回転に適しているのはエアオイル潤滑とされるが、エアオイル潤滑は電力消費が大きく、カーボンニュートラルへの対応が強く求められる現在、その点が課題となっている。
そうした背景からNTNでは、高速回転に対応するグリース潤滑軸受を開発すべく研究を重ね、2024年10月に業界最高水準の高速回転性能(dmn値*135万)を持つグリース潤滑軸受用の新たな成形樹脂保持器を新商品として発表した。その開発の過程では、軸受内のグリースの挙動を詳細に分析し、今後、さまざまな軸受開発において参照されうる新たな知見を得ることにもなった。開発はどのように進んだのか。担当した軸受事業本部の2人に聞いた。
*軸受の回転性能を表す指標で、軸受ピッチ円径(mm)×回転速度(min-1)

  • 金澤 章一

    軸受事業本部
    製品設計部

    金澤 章一

  • 笠井 政宏

    軸受事業本部
    開発実験部

    笠井 政宏

軸受の発熱を抑制する保持器の開発へ

エアオイル潤滑とグリース潤滑

マシニングセンターの主軸用軸受の潤滑方法にはエアオイル潤滑とグリース潤滑がある。グリースはオイルよりも粘性が高く、軸受回転時にグリースを搔きわける際の攪拌抵抗が発生するため、高速回転用には一般にエアオイル潤滑の軸受が使われる。しかしながら、エアオイル潤滑は、エアオイルの供給やオイルミストの回収などのための付帯設備が必要となり、電力消費が大きい。一方、軸受内部にグリースを封入するだけのグリース潤滑には付帯設備も電力も必要ない。それゆえに近年、カーボンニュートラルへの対応が重視される中で、高速回転に対応するグリース潤滑軸受が求められるようになっている。今回の開発をけん引した、軸受事業本部 製品設計部の金澤章一は言う。

「高速回転において最も問題になるのは発熱です。その抑制には、さらさらしたオイルをコンプレッサーで空気とともに吹き付けるエアオイル潤滑が有効で、とりわけ優れた高速回転性能が必要な場合にはエアオイル潤滑が適しているのは確かです。ただ、高速回転と言っても必ずしも超高速の領域まで必要ではない場合も多く、そうしたケースにおいては、グリース潤滑を採用できれば電力消費も抑えられ、メリットがあります。そのため、高速回転に対応したグリース潤滑軸受を求めるお客さまは多く、私たちは開発を重ねてきました」

コストを抑え、大量生産も容易にするために

今回、高速回転に対応したグリース潤滑軸受を実現するにあたって、新たに開発を行ったのは、軸受の中の保持器である。保持器とは、軸受の構成部品のひとつである転動体(ころ、玉)の位置を保つために内輪と外輪の間に組み込まれるリング状の部品であり、この部分の改良で軸受の発熱を抑えることを目標に新たに開発することになった。

工作機械主軸用のように高速回転する軸受の保持器には、熱に強いフェノール樹脂を材料として用いることが多いが、今回は、フェノール樹脂ではなく、成形樹脂(加熱して溶かし、金型などに入れて成形できる樹脂)によって開発を行ったことも重要な点だ。というのも、成形樹脂を用いると、射出成形加工が可能なため、大量生産も容易になるというメリットがあるからだ。成形の樹脂は一般的にフェノール樹脂ほど熱に強くないが、近年、熱に強い樹脂も登場している。今回はその成形樹脂を使って、新たな保持器の開発を目指したのである。

開発に携わったのは、金澤と、同じく軸受事業本部で開発実験部に所属する笠井政宏の二人である。金澤が設計を、笠井が実験を、それぞれ担当することになり、必要に応じてNTNの研究開発部門である「CAE開発研究所」と、大阪大学と産学協働活動を行う「NTN次世代協働研究所」に数値解析やアドバイスをもらうという形で進められた。

グリース潤滑軸受向け成形樹脂保持器

工作機械主軸用グリース潤滑軸受向けの成形樹脂保持器として、 業界最高水準のdmn値135万(従来品比20%向上)の高速回転性能を実現。工作機械の加工時間の短縮や省エネルギー化を目的としたグリース潤滑への切り替えを後押しするとともに、軸受取り付け後の初期回転時のグリース挙動を制御することで、慣らし運転時も含めた温度上昇を抑制し、長寿命化も実現する。

工作機械の加工を行うエンドミルを回転させるスピンドル(主軸)
加工時間を短縮させるために主軸の高速回転化が進み、主軸用軸受には高速回転性能が求められている。

実験と数値解析を行き来しながら、望ましい形状を探っていく

温度が急に上がる瞬間のグリースの挙動が、実験で確認できた

開発は、軸受内のグリースの様子を観察することから始まった。実験を担当する笠井が、回転速度などの条件を変えながら軸受が回転する様子を撮影しながら観察していったが、あるとき彼は気がついた。

「回転が始まってグリースが全体になじむまでの間に、温度が急に上がる瞬間があることはわかっていたのですが、その瞬間を見ていたら、まさにその時、グリースが転走面に流動していくのがわかりました。流動していくときに”シャ”という音がして、その時に昇温する。それがはっきりと確認できたんです」

昇温の瞬間にグリースが流動するというのは、二人にとって新しい発見だった。では、他の保持器ではどうなのだろうと、形状の異なる保持器についても同じように観察すると、さらに見えてくることがあった。金澤が言う。

「保持器によってグリースの挙動が異なるということがわかりました。回転が進む中で急にグリースが転走面に流動してて昇温するという現象は、必ずしもすべての保持器で起きるわけではありませんでした。であれば、保持器の設計次第でグリースの挙動が変わり、昇温を防ぐこともできるのではないか、と考えました」

実験を踏まえて数値解析を行い、設計を詰めていく

そうして今度は、金澤を中心に数値解析を進めていった。実験からは、急な昇温が起こる場合、回転が進むとともにとある場所に溜まっていったグリースが、あるとき急に転走面に流動することがわかったが、では、なぜグリースが転走面に流動するか。また、そもそもなぜ、グリースがとある場所に溜まるのか。軸受の3次元モデルを作成してシミュレーションを行い、軸受回転時の空気の流れや、グリースの動きを探っていった。金澤は言う。

「部品と部品の間の隙間の比率を少し変えたりするだけで、軸受内部の空気の流れが変わり、その結果、グリースの挙動が大きく変化することがわかりました。簡単に言えば、グリースが転走面に流動する場合には、保持器各部の寸法によって、流れてほしくない方向へ向かう空気の流れができてしまっていた。一方、グリースが転走面に流動しない場合には、やはり保持器の形状によって、空気がグリースに影響を及ぼさない流れ状態になっていました。そうしたことがわかっていく中で、保持器をどう設計すべきかが見えてきました」

グリース挙動の解析の例。回転数が上がるとともに内輪側にあったグリースが外輪の方へと広がっていく様子が再現されている。回転数が一定の値を超えると、外輪付近に、画像の左→右へと向かう空気の流れが生じ、右画像において左上側に溜まっているグリースが右側に移動して、転走面に流動していったという。

ただ一方、グリースが転走面に流動せず、急な昇温が抑制されればそれでいいかと言えばそうではない。軸受が長時間の高速回転に対して十分な耐久性を持つためには、グリースが軸受内の適切な位置、すなわち保持器の内輪側に溜まることが好ましい。というのは、耐久試験後に軸受内のグリースの状態を調べると、保持器の内輪側のグリースをより消費しているからだ。つまり、グリースは外輪側に存在しても消費されにくく、内輪側に多く留まるようにすることが必要なのだ。

「グリースが転走面に流動せず、かつ、保持器の内輪側に溜まるようにする。その両方を満たすように設計することが重要でした。そしてさまざまなケースについて計算する中でわかったのは、好ましくない場所にいるグリースほど転走面に流動しやすく、適切な位置にいるグリースは基本的にそのままそこに留まってくれるということでした。つまり、グリースが内輪側に溜まりやすいように設計すれば、耐久性が上がるとともにグリースが転走面に流動することもなくなって発熱も抑えられる。どのように設計すべきかは、おのずと明らかになっていきました」

商品を完成させるとともに、今後に活かせる知見を得る

30の候補を実験して、最終的な形状へ

数値解析によって、望ましい保持器の形状は見えてきた。その知見を元に金澤は、候補となる複数の保持器を設計した。そしてそれらを実際に作成して、今度は笠井が、その性能を見極めるための実験を行うことになった。作成した保持器は約30種類。そのそれぞれについて、条件を変えて高速回転の実験を行った。実験の回数は計120回ほどにもなり、その中で結果の良かったものについてはさらに耐久試験を行い、最適な形状を見出していった。そうしてついに、最終的な形状にたどり着くことができたのだった。笠井が言う。

「解析の結果から『これは絶対いけるはず』と思っていたものが実験してみたらそうでもなかった、ということが何度かあり、実際の現象の複雑さを感じました。しかし最終的には、これがベストだと思える形状を見出すことができました。急激な昇温が起きることがなく、かつ耐久性も高い。そのような保持器を、背景のメカニズムを理解した上で作れるようになったことは大きな成果だと考えています」

開発品の耐久性は従来品の25倍以上にもなった。また、高速回転性能の指標となるdmn値は135万(成形樹脂保持器として業界最高水準、従来品比20%向上) 

商品として完成させることの喜び

開発に取り組みだしてから完成まで、約2年半。実験のすべてを担当した笠井にとって、ゼロから開発に参加して新商品として完成させるところまで携わることができたのは初めての経験だったという。

「完成後、この保持器は2024年11月に東京で開催された第32回日本国際工作機械見本市 JIMTOF2024に出展されることになったのですが、会場に行くと、NTNの展示品の中でも目玉商品として扱われているのがわかりました。それを見て、大事な開発を成し遂げることができたと実感しました」

金澤も、これまでは既存商品の改良に携わることが多かったという。それだけに今回、コンセプトを考える段階から主導して、シミュレーションと設計を自ら行い、商品化にまでたどり着けたことには格別な思いがあるようだ。加えて今回の開発では、広くさまざまな軸受に適用できそうな知見が得られたことも、金澤にとって大きな喜びとなっている。

「軸受内でのグリースの挙動というのは、これまでほとんど注目してきませんでした。グリースを使えば発熱するのは当然とみなされていたために、そのメカニズムまで掘り下げて調べることがなかったのだと思います。しかし今回、軸受内部のグリースの挙動、そしてその際に空気の流れが重要であることを明らかにできました。それは、今後の軸受設計においてさまざまな形で活かされる可能性がある知見であると考えています」

グリース潤滑へのニーズはこれからますます増えていく

グリースを正しい位置に導く技術が重要になる

今後、潤滑のグリース化は進んでいくだろうと金澤は言う。カーボンニュートラルへの対応がますます求められるようになるはずだからだ。それゆえに、軸受内部のグリースの挙動を制御する技術も重要になっていくと考えられる。

「今回、保持器の設計を見直すことでグリースの挙動を制御する開発を行いましたが、“グリースの挙動を制御して正しい位置に導く軸受”というのはこれからきっとニーズが増えていくはずです。気候変動の危機的な状況の改善に少しでも貢献できるよう、さらにこの観点からの研究開発を続けていきたいと思っています」

背景をよく考えること、そして、何でも言葉にして言ってみること

最後に、成形樹脂保持器の開発に携わったことで得たことは何かと尋ねると、金澤はこう言った。

「今回の開発では、なぜ軸受が昇温するかのメカニズムを、粘り強く調べていくことで理解することができました。その経験から私は、あらゆる現象がきっと、しっかりと掘り下げていけば説明できるはずだ、と感じるようになりました。今後はこれまで以上に、起きている現象をただそういうものとして受け入れるのではなく、それはなぜなのか、その背景にはどんな原理が働いているのか、ということを考えていきます。それは、自分の開発者としてのこれからのあり方を変えてくれるのではないかとも思っています」

一方、笠井は、自身の実験を振り返ってこう話す。

「今回の実験では、見ていて気づいたことは些細なことでも金澤さんに伝えて共有するようにすることを心掛けました。それが昇温とグリースの挙動の関係を解明するための一助にもなりました。何でも言ってみることは大切ですね。これを改めて感じる経験となりました」

彼らが開発した商品は、インタビュー時、まだ売り出される前だったが、すでに多方面から問い合わせがあり、サイズの異なる商品も早々に作り始めているという。大きな学びを得た二人によって出来上がったこの保持器は、世界を少しでも良くするべく、これから広く世界を駆け巡っていく――。

※取材内容、および登場する社員の所属はインタビュー当時のものです。