自動車

更新日:2020.04.03

モビリティの未来へ前進
タイヤの角度を左右独立制御

ステアリング補助機能付ハブベアリング「sHUB」

ハブベアリングに転舵角
度制御機構を複合化

車両の運動性能を高め、安心で快適な走行を実現する。そのために開発されたのが、「sHUB」である。車両の走行条件に合わせて左右輪を独立制御し、理想的な転舵角度を保つ。
懸架装置を大きく改造することなく取付可能なsHUBは、今後進む自動車の電動化や自動運転化にも貢献する。

  • 石原 教雄

    石原 教雄

    商品開発研究所

  • 大畑 佑介

    大畑 佑介

    商品開発研究所

  • 伊東 貴志

    伊東 貴志

    商品開発研究所

安全性を高め、燃費も向上

ハンドル操作を補助

NTNの自動車向け主力商品は、ハブベアリングと等速ジョイント(ドライブシャフト)である。ハブベアリングに関して世界有数のメーカとして、その付加価値を高めるために開発されたのがステアリング補助機能付ハブベアリング「sHUB」だ。
「sHUBとはその名の通り、ハンドル操作を補助する機構です。例えば低速で小さく旋回するときは、左右輪で旋回半径が大きく異なります。そのためスムーズに旋回するためには、タイヤの切れ角を、内輪側を大きく、外輪側を小さくしたほうがいい。ところが量産車両に左右のタイヤの転舵角度を個別調整するような機構を搭載しようとすると、大がかりな仕様変更が必要です。そこで仕様変更することなく、走行状況に応じて左右輪をアクティブに個別制御するメカニズムを付加できればよいのではないか。そう考えて開発したのが、ハブベアリングと転舵角度制御機構を複合化したsHUBです」と、商品開発研究所主任の大畑佑介は概要を説明する。

プロドライバーのようなハンドルさばきに

sHUBを付加すれば直進安定性はもとより、コーナリング時の走行安定性が向上する。一般的なドライバーは、危機回避の際にハンドルを切り遅れてしまったり、ハンドルを戻す際に車両がふらついてしまったりする傾向があるが、これらを補助する効果もある。
「ハンドルを切る角速度と車速をセンサで検出し、そのデータに基づいて左右輪の転舵角を自動制御します。その結果、ごく普通のドライバーが運転しても、まるでプロドライバー並みの巧みなハンドルさばきとなります」と、sHUBの具体的なメリットを説明するのは同じく商品開発研究所主任の石原教雄だ。
「もう一つのメリットとして燃費の向上も期待できます。通常の直進走行時または制動時の車体の安定性を高めるために、タイヤはほんの少しですが車両上方向から見てハの字型の角度になっています。当然、その分だけ走行抵抗が増えます。また、旋回時にはタイヤには若干の滑りが生じています。sHUBを装着すれば、常にタイヤを最適角度に調整し、抵抗と滑り量を最小化できるので、省エネ効果も期待できるのです」と商品開発研究所の伊東貴志は付け加えた。

ステアリング補助機能付ハブベアリング
「sHUB」

ハブベアリングにタイヤの転舵角度を補助する機構を組み合わせたステアリング補助機能付ハブベアリング。前輪に搭載可能なステアリング補助機能付ハブベアリングは業界初。左右各輪の転舵角度を最適に補正することで、車両のコーナリング性能や高速直進時の安定性を向上させるとともに、スリップなど非常時の車両姿勢の安定や燃費改善に貢献する。

タイヤの回転を支えるハブベアリング

ベアリングの中でも、自動車のタイヤの回転を支えるものをハブベアリングと言う。自動車のすべてのタイヤにハブベアリングが使われている。
かつては単体のベアリングが使われていたが、軽量化や小型化などのニーズに対応するために周辺部品を取り込むユニット化が進んだ。現在もなお、自動車のさまざまなニーズに対応した商品開発が進められる。

ハブベアリングの付加価値を探せ

4つのコンセプトから開発スタート

sHUBの開発は、ハブベアリングへの新たな付加価値の模索からスタートした。その際にヒントとなったのが、高級車にオプションなどで付けられている後輪の転舵角やキャンバー角をコントロールする装置の存在だ。
「そもそもハブベアリングはタイヤを支えているのだから、そこにタイヤの角度を変える機構を追加すれば良いのでは。転舵をうまく補助できれば、走行性能が高まる。つまりより安全に、快適に走行できる。そんなアイデアを思いついたのです」(石原)

開発に際して設定されたのは、次の4つのコンセプトである。
①左右輪に搭載し、転舵角を左右独立設定
②各輪を走行条件に合わせて理想的な角度に制御
③ステアリング装置・懸架装置の種類によらず既存車両に大きな改造なく搭載可能
④最適な内部設計により、小型・軽量化を実現
コンセプトが固まり、開発がスタートしたのは2016年の秋、当初はFF(前輪駆動)車 の後輪に装着する想定だった。

図:sHUBの搭載有無による車両の走行軌道の違い
走行状況に応じて左右輪の転舵角を自動制御する

限られたスペースに組み込め

「図面を描いて検討を重ね、試作品をつくってみました。何とか形にできたので、産学連携で協力を得ている大学の先生に見せたところ、FF(前輪駆動)車の後輪に付けるのは当たり前すぎるじゃないか。そのままFF車の前輪にというのはハードルが高いだろうから、FR(後輪駆動)車の前輪につけてはどうかとアドバイスされたのです」(大畑)
2017年の春に方針を転換し、FR車の前輪用として開発は再スタートした。前輪でステアリングの機構に左右別々の操舵機能を付加する商品、もしこれが実現すれば世界初となる。
ただし、そう簡単に実現できるとは誰ひとり思わなかった。超えなければならないハードルがいくつもあるのだ。何より前輪の限られたスペースの中に組み込めるコンパクトさが要求される。既存の量産車のジオメトリーを変えることなく、装置を収めるのは果たして可能なのか。
強度の問題もある。さらにはアクチュエータの応答性を、許容レベルに収めなければならない。これらメカニズム系の課題に加えて、センサなどを実装するためには電装系の設備も追加搭載しなければならない。
「積み込むスペースはリアのトランクルームしかありません。ただ、そこから長いケーブルを引いてくると、途中で車から発生するさまざまなノイズの影響を受けます。そうなると誤作動のリスクが出てくる。これをクリアできるかどうか。正直なところうまくいく可能性は半々ぐらいと覚悟していました」(石原)

考え得るすべてのアイデアを試す

試行錯誤を繰り返した末、2017年の秋に前輪用のsHUBはとりあえず何とか形になった。車両に搭載して動かせるレベルにようやく到達したのだ。ただし、制御の精度やノイズの問題は、まだ解消されていない。
「確か12月の寒い日でした。試作機を搭載した車を大学に持っていき、先生方の目の前で走らせてみたところ『おもしろいじゃないか、来年5月の自動車技術会で発表したらどうか』とアドバイスされたのです」(大畑)
まさかの急展開である。残された時間はわずか半年足らず。そこからは毎日、ひたすら車両試験と調整を繰り返すことになった。試験車両にGPSを搭載し、誤差2cmの精度で走行軌跡を追跡する。何より懸念されたのが、電装系のノイズ問題だ。ノイズの影響を受けると最悪の場合、sHUBに搭載したモータが暴走しかねない。
「センサメーカに相談したところ、センサは大きいサイズの方が耐ノイズ性能に優れていることがわかりました。そこで限られたスペースの中で可能な限り、大きなセンサを搭載することに変更しました。その上でノイズを最小限に抑えるため、毎日のようにケーブルや配線の取り回しをとっかえひっかえしていました」(伊東)
苦労を重ねた結果、ようやくシミュレーションに近い動きを実車が見せ始めるようになった。けれども最後にもう一点、新たな問題が発覚した。
「制御プログラムです。このプログラムが、低速で試しているうちはよかったのですが、速度を上げていくとおかしな動きを見せるのです。プログラムコードを精査すると、バグが見つかりました。これを修正して、何とか自動車技術会での発表に間に合わせることができたのです」(石原)

開発は次フェーズへ、そして量産へ

自動車技術会の発表後、お客さまの反応はいかに

2018年5月、自動車技術会で発表されたsHUBは、来場者の多くから注目を集めた。その後、各社から問い合わせが入る。最終的には国内全完成車メーカにプレゼンに出向き、中には試乗を伴うケースもあった。何よりも走行の安全性を重視する完成車メーカだからこそ、sHUBの真価が直ちに理解されたのだ。
「もちろん一気に採用とはなりませんし、それは我々もわかっていました。ただ前向きに検討に入ったところもあり、我々としても実用化に向けて次のステップに進んでいます。具体的には量産対応のための準備を進めているところです」(大畑)

次世代自動車の標準装備を目指して

もちろん、今後の課題もいくつか残されている。中でも大きいのが、駆動輪への装着である。つまりFF車の前輪であり、4輪駆動車なら全車輪装着だ。これが実現すれば完全自動運転時の、安全性向上に役立つ機構として期待されている。
「駆動輪につける場合には、さらにスペース面での制約や強度の問題が出てきます。こうした課題を一つずつクリアしていき、最終的には大量生産まで持っていきたい」
石原らのチームが想定する大量生産の開始時期、それはsHUBが次世代自動車の標準装備となる時期である。

  • ※取材内容、および登場する社員の所属はインタビュー当時のものです。